2014年11月12日

中外日報

中外日報という新聞にの「すこやか」という欄に掲載された記事を転載させていただきます。
記者の山縣さんは何度か「むゆうじゅ」の公演を観てくださっていて、何年か前にもお寺の花祭りの舞台を取材してくださいました。今回はむゆうじゅを始めたきっかけや、私の脚の病気についての話をまとめてくださいました。


 「手術しないと寝たきりになりますよ。踊りなんかとんでもない。」インド舞踊オディッシーダンサーの福島まゆみさんは7年前、脚の痛みで訪れた病院で先天性股関節脱臼と診断され、医師の言葉に目の前が真っ暗になった。
 福島さんは俳優を経て、身体を使った表現がしたいと舞踊を始めた。寺院に奉納する舞として、曲線的な動きが特徴のオディッシーをインドに通い習得した。舞踊は仕事。踊れなければ生活もできない。
 母も同じ病で6回手術をしており、遺伝の可能性はあった。進行性でほとんどの患者は手術するが、手術せずに回復した人たちから話を聞いた。「病気や自分と向き合っている」共通点に気付き、自分も治るはずと考え手術は避けた。
 しかし、疲労骨折などで歩けなくなり、車椅子生活となった。痛みが絶えないなか、発症しない道はなかったか、親や子との関係など考え込んだ。うつ気味となり、奄美大島の友人宅で2か月ほど過ごした。毎日泣いたが、「考えていてもしょうがない。病気は治らないかもしれないけど、自分が生きていく上で必要なこと」と受け入れると痛みも軽くなっていた。
 さまざまな治療を試す中、ボディーワーク「フェルデンクライス・メソッド」を始めた。物理学者が足を悪くしたのをきっかけに創始。骨格など身体構造を踏まえ、より少ない力で楽に動くことを目指す。たとえば仰向けに寝て頭を動かすと背骨や股関節、足の裏はどうなるか意識する。「つながりの中で動いている。人間関係も一緒だな。つながりのなかで動けば楽」と気づいた。
 一緒に練習しようと声を掛けてくれた桐山日登美さんと座ったまま踊るスタイルを模索し、ダンスグループ「むゆうじゅ」を結成。当初は舞台袖から両脇を抱えられて椅子に座ったが、少しずつ回復し、歩けるようになった。「むゆうじゅ」では詩、せりふを口にしながら踊る。俳優時代の経験が生きた。般若心経の舞踊化にも挑戦。「インド舞踊、演劇、音楽と、ジャンルを超えた舞台が生まれたら」と語る。
 できなくなったことよりも発見したことの方が多い。「病気は別に悪いことではないというのが一番大きな発見です」
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2014年11月08日

プーク公演の写真

出口信一さんが撮ってくださったプーク公演の写真です。
リハーサルのときからずっと撮影してくださって、丸1日がかりの仕事になりました。
素敵な写真をいただけて嬉しいです。

照明の前田へとしさん、美術の束原繁さん、演出の垣花理恵子さん、学生時代のご縁から繋がって、みなさん今回の公演に参加してくださいました。神様からのプレゼントだな、とつくづく感じています。
もっとみんなで、楽しい舞台、グッとくる作品をつくりたい。

今は新しい作品、グルジーがとても大切にしていた演目を練習しています。
敬愛するダンサー、グルジーが亡くなった3年後にやはり逝ってしまった高見麻子さんの先生、クムクム先生に今年の春に教わった曲です。昭和61年にグルジーとクムクム先生はこの曲を日本でデュエットしています。
桐山日登美さんと2人でそのデュエットを新たに「むゆうじゅ」の作品にしようと試みているところです。
綺麗な録音の音源がなかったのですが、何十年か前に麻子さんが持っていらしたテープが回りまわって(シェアしてくださったサキーナさんに感謝!)手に入りました。その音で練習しています。麻子さんも応援してくれているのかな。

お披露目できる日が楽しみです。プーク写真8.JPGプーク写真7.JPGプーク写真6.JPGプーク写真6.JPGプーク写真6.JPGプーク写真5.JPGプーク写真5.JPGプーク写真4.JPGプーク写真3 (2).JPGプーク写真7.JPGプーク写真6.JPGプーク写真5.JPGプーク写真4.JPGプーク写真3 (2).JPGプーク写真11.JPGプーク写真10.JPGプーク写真1.JPG
posted by mayumi at 17:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする